東京高等裁判所 昭和53年(う)2556号 判決
本件被告人に対する匂留とその間の取調の状況は所論が指摘するとおりであつて、被告人が原判決判示第一の事実について起訴された昭和五〇年七月一八日以降右事実について勾留されている間に、右事実以外の犯罪事実について被告人の取調等の捜査が行われたことは訴訟記録によつて明らかなところである。しかしながら、起訴前の身柄拘束について別件逮捕又は別件勾留として論じられる場合と異なつて、勾留にかかる事実について既に公訴が提起されたのちにおいては、当該勾留を継続するかどうかその他被告人の身柄に関する措置はいわゆる勾留係裁判官又は公判裁判所の裁量に委ねられているところであり、その勾留の継続している期間に、検察官が公訴にかかる事実以外の事実について被告人の取調を行つたとしても、かかる余罪の取調を当初から意図してその目的のためにことさら最初の勾留や公訴提起の手続をとつたような場合でないかぎり、捜査官の措置として許容されない道理はなく、かかる勾留期間中の余罪取調の結果作成された被告人の供述調書がそのことのゆえに証拠能力のないものとなるということも考えられない(最高裁判所大法廷昭和三〇年四月六日判決参照)。これを本件についてみると、本件は、原判決の判示によつても明らかなとおり、中山伸一の経営する株式会社中山エコールが資金繰りに窮し、融資獲得のために多数回にわたつて多額の約束手形を振り出したさい、被告人が右会社の顧問としてこれに関与して発生し、あるいはその関与を契機として発生した一連の錯雑した利権紛争の間に生じたものであるところ、捜査機関は、まず被告人が、趙輝雄と共謀のうえ、中山伸一に虚言を弄してこれを欺罔し、同人から土地購入の頭金名下に額面合計五、〇〇〇万円の約束手形を振り出させてこれを騙取したという原判示第一の詐欺事件を探知し、右事実に基づいて昭和五〇年六月二八日被告人を逮捕及び勾留したうえで取り調べた結果、事案が公訴を提起すべき段階にいたつたので、同年七月一八日これを起訴したが、しばらくして、更に被告人が、単独で前同様、中山伸一を欺罔して同人から土地建物購入代金名下に額面合計三、〇〇〇万円の約束手形を騙取したという原判示第二の詐欺の事実及び被告人が、趙茂雄と共謀のうえ、株式会社中山エコールの取引先であつた株式会社大洋堂を経営する大西幸太郎から借用名下に額面合計二二〇万円の約束手形を騙取したという原判示第三の詐欺の事実について嫌疑が生ずるにいたつたので、原判示第二及び第三の両事実についても、証拠収集等の捜査を実施するとともに、被告人の取調を行い、同年七月二八日から同年九月一二日までの間に司法警察員の取調にかかるもの八通及び検察官の取調にかかるもの二通に及ぶ被告人の供述調書を作成したうえ、同年九月一二日原判示第三の事実につき公訴を提起し、次いで、同年九月二三日及び同年一〇月八日の二回にわたつて被告人の検察官に対する供述調書を作成して資料を整えたのち、同年一〇月二七日原判示第二の事実について公訴の提起に及んだ経過が訴訟記録によつて認められる。以上の経過に徴すれば、右のように原判示第二及び第三の事実が順次発覚した場合に、その都度右各事実について被告人を取り調べるにあたつて、改めて右各事実に関して新たな逮捕及び勾留の措置をとることなく、既に公訴を提起された事実について勾留されている被告人を捜査官の取調の対象にしたからといつて、なんら令状主義の精神を没却し又はこれを潜脱するものではなく、また、そのために被告人の権利や利益が侵害されたものとも考えられないのであつて、所論捜査官の被告人に対する取調に違法又は不当の点があつたものとは認められない。